そういえば、あれなんだったんだろう?

ロックンロールな町でのできごとのあれこれです

玄関の鍵を開けるバイト

前回の公設市場の続きです。
公設市場にある八百屋で、一緒に暖を取った仲間のおばちゃんの一人、茶髪のパーマで顔が現在の武田鉄矢に今思えばよく似ていたおばちゃんは、よく家の鍵をなくしていた。
そんなとき、おばちゃんは公園に現れる(例の、巷のFA宣言をしたおじさんが、三角ベースの出張コーチを無償で行ってくれる公園だ)。
おばちゃんは関西弁で小柄で敏捷な子供に「おねえちゃん、ちょっとお手伝いしてくれへん?」と声をかける。
そして、自宅に連れていき、自宅のトイレの窓から家の中に入り、玄関まで移動して玄関の鍵を開けてくれるよう頼むのだ。
トイレはくみ取り式で、窓の横にはひょろりとした塩化ビニールのパイプが一本ゆがんでたっていた。
窓の脇のブロック塀をよじ登り、子供が半身になってようやく入れるようなトイレの小窓から侵入する塩梅だ。
パイプを触らぬよう、また、窓から直下で大きな口を開けている和式便所にはまりこまぬよう、十分注意しながら、後ろを向いて足から便器の脇の丸くて小さな色とりどりのタイルがしきつめられた床に着地する。
危ない。
慎重に降りようと壁に体を密着させたせいで、スカートのお腹の部分は砂壁の表面が付着して、ザラザラかつキラキラしている。
汚い。
ひんやりとどこか湿ったトイレのタイルの床は、そういうわけでどうしても裸足で歩かねばならない。
気持ち悪い。
そのまま廊下に出ると、タバコとオール阪神巨人が宣伝していた「車にポピー」の匂いがまじった、甘くてムッとするおばちゃんちの香りに圧倒される。
くさい。
茶の間の脇を通ると、おばちゃんが飼っているマルチーズがケージの中から狂ったようにほえている。
こわい。
それを横目に玄関まで行き、靴箱の上の水槽にいる巨大な金魚たちに励まされてガラスの引き戸の内鍵を開けると、安堵した顔のおばちゃんがお出迎えだ。

その後、おばちゃんは公設市場の八百屋に連れていってくれて、なんでもすきな飲み物を飲ませてくれる。
わたしはたいていヨーグルト(といっても牛乳瓶に入った薄茶色の半透明の液体だ)にしていた。瓶の蓋が欲しかったからだ。
摘んできた花を飾りたいとか、鉛筆立てなど自分用のコップがほしい時には、生姜が効いた甘くてどろりとした喉越しの飴湯にした。
飴湯の容器がわんカップ大関の要領で、縁の厚いガラスコップだったからだ。
下の方にぐるりと、濃い赤や黄色の小花模様があしらわれていたように思う。

そういえば、あのコップはどこにいってしまったのだろう。